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 『クピドの悪戯』という漫画を読んだ。
 話の筋としては、残りの人生あと7回しか射精できないという奇病にかかった童貞男と幼なじみの女と最近つきあいはじめた恋人の3人が繰り広げる恋愛とセックスのあれやこれやで、よくあるっちゃよくある感じ。

 僕が好きなのは、生活と仕事と恋愛をする場所が同じという田舎町が舞台になっていること。実際には、デートで横浜に行こうとしていることから関東近郊が舞台なんだろうけど、そこで描かれる人間関係はまさに田舎町のそれ。ホカ弁は代替食ではなく“外食”の選択肢のひとつだし、コーヒーは喫茶店ではなく人気のない駐車場にとめた車のなかで飲むものなのである(まじで)。

 それと、ネームがよく書けている。ただしナレーションによる解説はちょっと邪魔。読み手の力を試して、言葉だけ放り投げておけばもっといいのに。
 
 あと、女の子の人物造形が秀逸。『ノルウェイの森』でいうところの、直子(ネクラで田舎っぽくて繊細)と緑(ネアカで都会的で男性的)みたいなパターンなんだけど、それがかなりよくできてる。
 さらに(といっておまけみたいにして付け加えるとかっこつけてるみたいになるけど)、絵がエッチでよろしい。

 つーわけでこれ、かなりおもしろい。
 ひさびさにハラハラドキドキ身悶えしながら読んだ。

クピドの悪戯 1 (1)

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 村上春樹の村上朝日堂シリーズだけど、読み応えのうえでは『〜はいほー!』が一番だった。この『〜いかにして鍛えられたか』は、くだらなさにおいて一番だった。ラブホテルの名前についてのところなんて、みうらじゅん的なノリだったし。
 このエッセイは、地下鉄サリン事件被害者のインタビュー集『アンダーグラウンド』の取材をしている時期に連載されていたものだそうで、そう思うと、このくだらなさがとても愛おしくなってくる。例えるなら、名匠と呼ばれる刀鍛冶が手慰みに作った男性器の形をした根付けみたいなもんだ。

村上朝日堂はいかにして鍛えられたか

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 学校で教わる数学にはぜんぜん興味がもてなかったけど、数学の美しさ、数学者の人生には昔から興味があって、フェルマーの定理がいかにして解かれたかというドラマを語らせたら、30分はひとりで話し続けられる。そして実際、飲みの席でひとりで熱くなることもある。

 だもんで『博士の愛した数式』(小川洋子)も当然読んだ。読み終わった後は、『博士の愛した数式』を愛せない理由だなんてことを書いてすぐに古本屋に売ってしまったけど、時間がたってディテールを忘れると、大筋としてとてもおもしろかった(ような気がする)。少なくとも、雰囲気としての数学の美しさは伝えていたと思う。

 雰囲気としての数学の美しさを、数学者・藤原正彦の言葉を借りつつ本にしたのが、好評売り出し中です! という顔をして書店に並んでいる『世にも美しい数学入門』。
 だけど友達のみなさん、この本は読まなくていいです。代わりに僕が語るので、「それって受け売りじゃん」とか言わずにつきあってください(笑)。

 数学者が人を愛するとその人が立っていた床や土まで愛する話とか、フェルマーの定理を解く最大の鍵となった「谷村-志村予想」の谷村豊が結婚式の1ヶ月前に自殺し妻もその後を追った話とか、残された志村五郎が10年の歳月を経てその定理を完成させた友情の話とか、ほんとまじでおもしろい。だってみんなロマンティックなんだもん。たまんない。
 
世にも美しい数学入門博士の愛した数式天才の栄光と挫折?数学者列伝


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 評論家って、自分の代わりに何か見たり聴いたり読んだりして考えてくれる人のことなんだなって思ったよ。自分に合った、信頼できる評論家を何人かおさえていると、世の中を生きるていくのがちょっぴり楽になる。
 そもそも僕たちはご飯を食べるためにお米を買うし、農家だってお米を育てるために苗を買う。知識や見識を買ってきて自分のものにするのだけが悪いだなんて道理はないのだ。楽できるところは楽したらいい。

 というわけで斉藤美奈子である。彼女が代行してくれるのは、読んでないのに中身だけはなんとなく知ってしまっているベストセラー、類書多数&死屍累々の文章読本、わかっていそうでやっぱりわかっていなかった近代女性について、などなど。とても贔屓にしてます。
 
 今回読んだのは『実録 男性誌探訪』。もちろんテーマは男性誌だ。

 ここで取り上げられているのは、まずダカーポ、NUMBER、SPA、週刊プレイボーイ、週刊新潮。これくらいならまだなじみがある。
 週刊ポスト、dancyu、BRUTUS、東京ウォーカー、Men's NON-NO、Tarzanあたりになってくるとちょっとあやしい。知ってるけど、買ってじっくり読んだことがない。
 プレジデント、週刊東洋経済、週刊ゴルフダイジェスト、BRIO、山と渓谷はもう未知の世界。月刊へら(ヘラブナのへら)なんかになると、その存在がにわかには信じられなくなってくるよね。そうそう、今をときめくLEONもしっかり取り上げられてるからご安心を(何を)。

 これだけの雑誌に目を通す時間なんて誰も持ち合わせていないわけで、この『男性誌探訪』一冊でおよそ知ったかぶりができるようになるんだから、まったくなんて素晴らしい企画なんだろう。

 この本の効能はもちろんそれだけではなく、メディアを作るときのブランディングやマーケティングにも役立ちそうだし、女が男を理解する副読書にもなりそうだし、電車で雑誌を読みふけるオトナの人間観察も楽しくなりそう。
 まあそんな堅苦しいこと言わず、読んでアハハでもいいわけだ。どんなにおいしいご飯を食べてもちょっと経てばうんこになって流れてしまうように、知識や見識だってどうせすぐ忘れてしまうから。

実録 男性誌探訪

 3年後とかでいいから、Yahoo、Google、MSN、goo、livedoor、楽天、exciteなんかのポータルサイト探訪みたいなのやってくんないかな。よく話題になることだけど、中にいる人間が書くからなのか、秀逸な評論ってなかなか見かけないし。
 だから斉藤美奈子さんにYahoo文学賞ってどうなのよ? とか、朝鮮日報や赤旗をニュースソースに加えたlivedoor ニュースのトピックスのラインナップってどうなのよ? とか、楽天のやり方についてほんとはみんなどう思ってんのよ? とかやってほしい。

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銀の匙 夏目漱石が未曾有の秀作として激賞したという名作。内容は簡単で、少年の頃の思いでを自伝風に書いたエッセイというだけの話。
 でもこれがすごい。
 少年の頃の出来事が、“少年の頃に感じたまま”に書かれてある。これってありえないよ。大人になって感じたことなら簡単すぎるし、子どもがこんな文章を書くのは難しすぎる。記憶だけなら誰だってあるもんだけど、そのとき世界がどのように映っていたかってのは、思い出そうって思い出せないもんなあ。

 小山田圭吾が、「Point Of View Point」という曲を説明するときに「子どもの頃、午後の陽当たりのいい部屋にいて、絨毯をなでて毛羽立たり、それを逆になでてねかしつけたりして、色が変わるのを飽きずに眺めて何時間もたってしまうような、そんな曲」とかなんとかそんな感じのことを言っていたんだけど、このエッセイは全編がそんな感じ。

 真似しようたって真似できたいな、空前絶後の傑作だと思う。どっから読んでも、どこで止めてもおもしろい。

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