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現代の小説に必要なふたつのイノベーション」という記事を読んで、「時代にマッチしたイノベーティブな文学賞」と「非定住型のトキワ荘」というキーワードが響いたので、中の人である日高健さんに連絡をとってお会いしてきました。最近よく「文字文化を支える人たちを私なりに支援することはできないだろうか?」といったことを考えるので、そのヒントや刺激になればと思って。

ちなみに、過去のエントリから関連しそうなところを抜き出すとこんな感じです。

ロールモデルは菊池寛 (アルカンタラの熱い夏)

菊池寛という人は、作家という職業を経済的かつ社会的に成立させるために、「メディア創出」「賞の設立」「パトロン活動」といった多角的な活動をした人です。また、多趣味な人だったというのもポイントです。それと同じようなことを、ネットが普及した21世紀においてできないものかなあ、と考えています。

「ブログサービスと文学の新しい関係」考 (アルカンタラの熱い夏)

こういった狭き門へ挑む努力を可能にしているのは、「内なる表現欲求」と「物書きへの憧れ」だろうと思います。その結果、私たちはその作品を読者として楽しめるわけです。ここには、書き手とメディアと読者が機能する美しい装置が働いています。

一方、今日において文章を書きたいと思うような人は、まずもってブログを開設するんだろうと思いますが、残念ながら、現在の(メディアとしての)ブログサービスは、その先の道に憧れを抱かせるような演出に成功していません。
優良な記事を書きまくるブロガーが、単なるアフィリエイターと紙一重に見えてしまうとしたら、その責任はメディアやサービス提供者の側にもあるような気がします。

お会いしてからは、「書き手の側の日高さんはどういうことを思っているんだろう?」と気になって質問ばかりあびせてしまったので、私からの新しいアウトプットは特に書きません。代わりに日高さんが詳しくエントリにしていますのでご紹介します。

ライブドアブログのえらい人に会ってきた

権威ある芥川賞直木賞も、1935年に菊池寛がはじめた社会的イノベーションだったのである。それまでは、そんなものはなかったのである。

ネット社会が到来し、新たなイノベーションが必要とされているはずだ。

もし、その批評家が将来に渡って影響力を保持しようと思うなら、ネットをうまく利用する必要があるのではないのか。論座が休刊する時代である。少子高齢化が進行している時代である。大不況の時代である。

ニッチな世界のスペシャリストたちが、それを職業として成立させるには、

・パトロン(スポンサー)
・メディア
・サロン
・賞
・報酬

といったものが欠けることなくそろっていることが条件になるような気がしていて、それぞれの新しいあり方を最近よく考えてます。という話。

これからもほいほい出かけていこうと思います。