カテゴリ:
村上春樹のファンとして、続報を気にし続けているモチーフがふたつあります。

ひとつは「直子系」。
もうひとつは「35歳系」。

デビュー以来、何度も繰り返し採用されるモチーフが、どのようなバリエーション(変奏)を見せるのか。それを楽しみに新刊を追い続けています。
そういうファンからしてみると、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』はとても“おいしい一冊”です。僕の数え方によれば、直子系と35歳系が同時に登場するのは、1992年の『国境の南、太陽の西』から数えて実に21年ぶりのことだからです。

直子系とはなにか


デビュー作『風の歌を聴け』と大ベストセラー『ノルウェイの森』。この両方に「直子」という女性が登場します。物語上は別の人物ですが、そこには見逃せない共通点があります。そして、直子という名前ではないけれど、同じ共通点をもった人物が村上春樹作品の中には度々登場します。その人物を通して描かれるのは、「10代のときのプラトニック・ラブが、成熟してからのエロスを阻害あるいは燃焼させる」というモチーフです。これを「直子系」と呼んでいます。

具体的に作品名を挙げてみましょう。

『風の歌を聴け』 … 僕と直子
『ノルウェイの森』 … キズキと直子
『国境の南、太陽の西』 … 僕と島本さん
『海辺のカフカ』 … 佐伯さんとその恋人
『1Q84』 … 青豆と天吾

作品名の横に挙げた“つがい”に共通するのは、10代のときにプラトニック・ラブで強く結ばれてしまったがゆえに、大人になってから性的成熟がなんらかの形で阻害される、あるいは過激なかたちで燃焼する、というパターンです。
これがマンネリにならないのは、各作品ごとに工夫を凝らした変奏がされているからです。結果として、それぞれの結末はかなり異なった手触りになります。それを確かめるのがいつも楽しいんですよね。

35歳系とはなにか


直子系は割合にメジャーなモチーフなので話せば通じることが多いと思うのですが、35歳系は自分の造語なのでちょっと説明を要すると思います。
35歳系というネーミングの由来は、「プールサイド」(1983年)という短編にあって、そのエッセンスは「スペシャリストとして職業上は順調な人生を歩んでいる男が、30代半ばきっかけに、老いとパートナーとの問題(浮気の場合もあれば、不在の場合もある)に直面する」と表現できます。

具体的に作品名を挙げてみましょう。

「プールサイド」(『回転木馬のデッドヒート』収録) … 彼
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 』 … ハードボイルド・ワンダーランドの私
『ノルウェイの森』 … 作品冒頭で飛行機に乗っている僕
『国境の南、太陽の西』 … 僕
『ねじまき鳥クロニクル』 … 僕

今回どのように変奏されたか


同時に採用されたこのふたつのモチーフがどのように変奏されたかというと、ポイントはタイトルが示す通り「色」です。「直子系」と「35歳系」は今回、ひとりの人物には集約されません。複数の人物にまたがった「グラデーション」として描かれます。

* 直子系
- 白根 / 死
- 灰田 / 行方不明
- 黒埜 / 海外移住


この三人はずばり「10代のときのプラトニック・ラブが、成熟してからのエロスを阻害あるいは燃焼させる」という直子系のモチーフそのものです。しかしその名前が示す“色の濃さ”の通り、主人公との現在の距離が描き分けられています。

* 35歳系
赤松 / 実業家 / バツイチで現在独身
青海 / サラリーマン / 既婚で子供あり
緑川 / 芸術家 / 独身


赤松と青海は、主人公の同級生で36歳。緑川は40代半ば、ということになっていますが、これら全てをひっくるめて「スペシャリストとして職業上は順調な人生を歩んでいる男が、30代半ばきっかけに、老いとパートナーとの問題(浮気の場合もあれば、不在の場合もある)に直面する」という35歳系と解釈していいような気がします。少なくとも、そのように中心点を置くことで、仕事やパートナーとの関係のありようがわかりやすくなります。

そして、光の三原色で表現される男性の中心にいる「多崎つくる」は、色を持たない透明な存在として描かれます(小学校の理科で習うやつですね)。
また、モノトーンの濃淡で表現される女性(あるいは女性性)の鍵となる「沙羅」もまた名前に色を持ちません。これまでの仮説が正しいとすれば、もしかして沙羅という名前は、「真っ新」とか「更地」とからの「さら」という空白を意味する和語をイメージしているのかもしれません。

そしてファンにとってたまらないのは、直子系には「双子」という村上春樹初期の懐かしいモチーフが織り込まれ、35歳系には「父」という『1Q84』で待望の登場を果たした新モチーフが織り込まれているところです。多崎つくるは、『ノルウェイの森』のワタナベくんの子供の世代としてはっきりわかるように描かれています。1983年の「プールサイド」では、同世代の人物として描かれた30代半ばの男が、今回は明らかに、村上春樹の子供の世代の30代半ばとして描かれていて、その点が非常に味わい深かった。

   *

というように、この新作は長年のファンにとってかなり楽しい内容になっています。しかも、それが単なるパッチワークではなく、2013年ならでのは新しい展開や結末を生み出しています。見所は、『ノルウェイの森』の「僕」や『国境の南、太陽の西』の「僕」に比べて、かなりストレートに過去と対決をする主人公。展開は『羊をめぐる冒険』のようにわかりやすく、読後感はどこか『ダンス・ダンス・ダンス』に近いものを感じます。おもしろいですよ。


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 [単行本]
著者:村上 春樹
出版:文藝春秋
(2013-04-12)


関連リンク


極東ブログ - [書評]色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(村上春樹)