藤井太洋の『UNDERGROUND MARKET ヒステリアン・ケース』に思う2013年の東京
- カテゴリ:
- 小説
藤井太洋さんの最新作の舞台は、2018年の東京。
現代のインターネットテクノロジーを基盤にしたリアリティと、ちょっとした空想の飛躍によって、絶妙に“ちょっと先の未来”が描かれているわけですが、読後もっとも興味深かったのは、SF的2018年からの反射によって照らし返された2013年の東京の姿です。
私が思ったのはこんなことでした。
1. 経済格差による階層がまだそれほどには表面化されていない(あるいは、その階層にまだ鈍感である)
2. 自分のなかに人種差別の意識があることに無自覚である(がゆえに、人種差別的言動や行動を抑制するマナーがまだ身についていない)
3. 公共交通機関の高度な発達によって、脳内の地図から地理的な多様性が失われ、遠近感の狂った平板な空間に住んでいる(と思い込んでいる)
つまり『UNDERGROUND MARKET』に登場する人物たちは、これらの状況とは逆、あるいは一歩進んだ状態にあります。
この小説には、「N円」という地下経済の貨幣が登場します。これによって、階層の違いがよりドラスティックに表面化され、それが物語を転がすひとつの力学になっています。
またこの時代の東京には、主にアジアを中心とした地域の移民が数多く流れ込んできていますが、国籍や民族によるありがちが争い(の描写)は避けられています。これは、差別感情がないことを意味しているのではなく、そうした感情を表面化させないマナーが浸透するくらいの多民族社会になって東京である、と読めるのではないかと思います。
もうひとつ特徴的なのは、全財産をカートに入れて引きずって歩かざるを得ない人と、自転車で都内を高速に移動する主人公の描写。インターネットという地味な作品世界に、フィジカルな彩りを添える道具立てとして活躍するのはもちろんですが、2018年の未来に住む下層社会の主人公たちのほうが、東京の地理的多様さを感じ、ときに毒づきながらもそれを楽しんでいるというのがなんとも皮肉でおもしろい。個人的にも、渋谷〜山手通り〜甲州街道〜初台と続く道順やその高低にはなじみにがあるだけにことさらおもしろく感じました。
優れたSF作品がそうであるように、この『UNDERGROUND MARKET ヒステリアン・ケース』には、未来を描くことによって同時代の世界のありさまを読者に考えさせる力があります。IT土方のためのプロレタリア文学。いや、プロレタリアSFとして、独自の作家世界を作りつつあると感じた最新作でした。もっと読みたい。
関連書籍
ヒステリアン・ケースのあとのエピソードです。
コメント