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今からおよそ100年前。1915年(大正4年)の三毛別羆事件を元にした小説、というかノンフィクションというか。刊行は1977年。それが「Amazonオールタイムベスト小説100」にも選ばれ、レビューも非常に高評価なのでKindle版(400円)を購入して読んでみました。



「三毛別羆事件」や「福岡大ワンゲル部・ヒグマ襲撃事件」の話を知っている者にとっては、羆(ヒグマ)の恐ろしさに関する新鮮な驚きはないかもしれません。物語も単純そのもの。
しかし文章が素晴らしい! それを味わうためにおすすめしたい作品です。

朱の色は、早い速度で山火事のように尾根一帯を染め、互に合流して深くきざまれた渓谷へなだれ落ちていった
耕地では、一鍬ごとに木の根や石塊がとりのぞかれ、人や家畜の排泄物を吸収した土は朽ちた葉もふくんで柔かみを増していた。耕地は少しずつひろげられ、女たちは子を産み、子は背丈をのばしていった。
人間の集落には、家屋、耕地、道とともに死者をおさめた墓石の群が不可欠のものであり、墓所に立てられた卒塔婆や墓石に供えられた香華や家々でおこなわれる死者をいたむ行事が、人々の生活に彩りと陰翳をあたえ、死者を包みこんだ土へのつつましい畏敬にもなる

土地を求めてさまよった貧農たちを透徹した眼差しで見つめ、北海道の厳しい自然による残酷な仕打ちを慣用句に頼らず描ききっていて、文章を追っていくだけで「いい文学を読んだな」と愉快な気分になれます(ただし話の内容はグロテスク)。おすすめ。

本の情報


羆嵐
吉村昭
新潮社
2013-03-01


羆嵐 (新潮文庫)
吉村 昭
新潮社
1982-11-29