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刊行は去年。読んだのは年頭。この記事を書いているのは年末で、個人的な本年のベスト。

内容があまりに素晴らしいのに比べて、それを紹介する力がないために時間がだらだらと過ぎてしまった。しかし、この本の素晴らしさは、少なく見てもあと10年は変わらないだろうから焦る気持ちは湧いてこない。

2014-12-10-07-37-56

その衝撃が似ているのは、京極夏彦の『姑獲鳥の夏』。似たような本好き殺しとしては、古川日出男の『アラビアの夜の種族』が思い出される。『指輪物語』のような骨太のファンタジーに、キャラクター小説(ライトノベルと読み替えてもよい)が得意とする萌えのツボがおさえられており、どちらをホームにしている人もうならせる完成度。漫画ばかり読んでいる中学生にも、小うるさい評論をたれるおじさんにも等しく薦められる。

言語学を専攻する著者は、この本であらゆる“言葉”を登場させる。書かれた文字や発話はもちろん、手話や指話まで。言葉は物語の鍵にもなり、古今東西の言語を駆使したミステリ的な展開にはゾクゾクとさせられる。

しかしこの本がもっとも優れているのは、“言葉”にならない言葉以前の“ことば”を描こうとしている点にある。

ふたりの主人公、マツリカとキリヒトという男女は、非常に優れた能力を持ちながら、あることばをあらわす言葉を知らない。そのことばが何か、周囲の登場人物はもちろん、読者の誰もがわかっていながら、決して言葉にされることはない。あの簡単な、小学生ですら感じ、使いこなすあの言葉が出てこない。

そのもどかしさにも悶えつつ萌えつつ、私たちは物語の最後までつきあい、ある結末を見ることになる。そのとき私たちの胸には、言葉にならないことばが鳴り響くことになる。言語の妙味を駆使した超ボリューム大長編小説が伝えるのは、その言葉以前の“ことば”なのだ。目に耳にあらゆる言葉がふりそそぐなか、ぽっかりとただひとつ、言葉にされなかった空白のことばがある。そのことばは、ページを閉じたあとも心のなかに残響して止まない。マツリカとキリヒトが味わっていたのは、まさにこういう切なさではなかったか……嗚呼、言葉にできたらいいのに!

そういう感動を味わったために、自分のつまらない言葉で感想なんか書く気になれなかったわけで。落ち着くのになんと10ヶ月もかかってしまった。