101冊目 「忘れられた巨人」 カズオ・イシグロ
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5月に『忘れられた巨人』が発売されてから今まで何かと多忙で、読みきるのに時間を要してしまった。

カズオ・イシグロ得意の「信頼できない語り手」が、核心を伏せたまま不穏なムードで物語を引っ張っていく。そうそうこれですよと、冒頭あたりでは快哉をあげたくなるようなおもしろさを感じる。ところが、中盤はわりかしダルく、特にファンタジーを読み慣れている人には飽き飽きとするところもしばしば。ところが最後の最後で再びのめり込んでゾッとさせられる、そんな読書体験だった。
番いの男女の愛を、こんなかたちで書いた物語がいったい他にあるんだろうか。ファンタジー小説という舞台に、記憶の曖昧な老夫婦という登場人物。それらが、予想もしなかった読後感を与える結末を導いている。
ラストシーンはどうとでも解釈できるが、第一印象では、アクセルのほうが往復する船を待たずに姿を消したんだろうと思った。そしてそれでも、ベアトリスへの愛は本物だろうと。
裏切りと後悔の記憶に荒涼とした心。妻と離れたくないという言葉と、孤独を尊ぶ気持ち。矛盾するようでいて、それでもそこにある愛。万語を費やしても語れない気持ちが、見事な寓話になっていた。
期待を裏切らない新作。
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