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長いこと、会社のメンバーには相談できなかった悩みがありまして。

人生に目標設定は必要か?」というのがそれです。

これは反語だから、つまり僕の言いたいこととは「人生に目標設定なんていらねーべ」ってことだったんですが、毎期の目標設定と査定をする立場の人間がそれを言っちゃあ模範にならないってんで黙ってました。会社を辞めたメンバーには「実は」と言って本音で話したこともあるけれど、基本的には、長いことアンビバレンツな思いでもってひとり悩み、答えを出せずにいたわけです。

なにしろ、あらゆるヒーローやビジネスリーダーたちが、目標設定の大事さを説いています。本田圭佑、イチロー、石川遼らが小学校の卒業アルバムで宣言した夢を実現させてきたのは有名な話だし、ソフトバンクの孫さんは今でも自分の夢を寝室の壁に大書して掲げているといいます。
そうしたキラ星のような事例を金科玉条として、世にあふれるビジネス書はどのように目標設定すべきかという具体的な方法を手取り足取り教えてくれます。でも、目標設定の必要性について一緒に疑って考えてくれる本には、僕が読んだ限りでは出会えませんでした。

もし10年後の自分を想像し得たとして、そこから逆算して今の自分の人生の在り方を決めていくとしたら、それは10年後の自分を生きることに他ならないのであって、誰が自分の代わりに今の自分を生きてくれるというんだろう? じゃあ行き当たりばったりでいいのかというと、それを胸はって誰かに勧めるだけの自信もまたない、というね。

人にも相談できず、本でも回答に巡りあえず、ずいぶん長いことウダウダと考えておったんですが、最近ようやく合点がいきました。腑に落ちてみると簡単な話で、目標設定はやはりあったほうがいい! というずっこけそうな結論に至りました。やっぱそうなのか。みんな正しかったんだと。僕だけが、納得するのにやけに時間がかかってしまったわからず屋のわからんちんでした。

でも、わからず屋がわかったときには、(自分で言うのもなんですが)わりと深くわかってるものなので、ここで自分が理解したことを書きたいと思います。

小林弘人の夢、出澤剛の日課


つい最近、僕が最初に入った会社、インフォバーンのメンバーと会い、酒を飲みました。実に10年ちょっとぶりのことです。敬愛する人たちとこれほど久しく時を隔てなければならなかった理由は、自分のなかには今もまだいくらか存在していて、会場へはそれなりに緊張して向かわねばならなかったんですが、着席即、リラックスできました。事前に示し合わせたわけでもないのに、その週に発売されたばかりのMETAFIVEの新譜を全員がそろって買って聴いてる男トリオというのがなんかうれしかったですね。それで緊張も何もなくなり、ここが僕の自然体だったんだという、正中線ともいうべき場所を思い出したのでした。

そのときにみなで笑ったのは、当時(このときの話のなかでは2003年〜2004年頃のこと)、「ベンチャー」という言葉には、今でいう「スタートアップ」のような若く猛々しい夢と希望にあふれたニュアンスはまったくなかったよね、ということ。

田園都市線用賀駅徒歩25分のところにある暖房も冷房もろくに効かない一軒家で(「オフィス」と呼びたいところだけど、それはどこからどう見てもただの住宅でした)、20人ほどがすし詰めになって働いているに過ぎなかった当時のインフォバーンは、2016年時点でみなが「ベンチャー」とか「スタートアップ」とか呼んでいる企業のイメージからはだいぶ距離があり、どちらかといえば家内制手工業のような趣きがありました。それでもインフォバーンに入りたがったメンバーだけが、ただそれが好きで、ただそこが好きで、集まっていました。給料が安くてしんどかったような気がするけど、それはどちらかといえば後から補正された記憶の解釈で、当時はそんなことを不満に思う余裕もなかった。とにかく、目の前のことに必死でした。

仙台の大学を卒業後、職もないのにとりあえず東京に飛び出してきて、アルバイトをしながら初めて応募した会社がインフォバーン。そのときたまたま出された求人にラッキーにも飛びつくことができたのは、サイゾーの愛読者だったからで、金がないなか唯一買い続けた雑誌に救われたかっこうです。

その程度の望みで入社したもんですから、高邁な理想なんてあろうはずもなく、最初のうちは時給じゃなく月給であることだけで感動です。ちょっとくらいさぼっても、風邪で休まなくてはいけなくても、同じ給料が安定してもらえるなんてすげえ! マジ勝ち組! と本気で思いました。もちろんそれは、月給を勤務時間で割り戻せばいくらになるか冷静に計算できるようになるまでの話ではありますが、それがわかってからもなお、時間ではなく成果で評価がされるようになったことは、うれしいことでした。

この程度の意識で働いている一介の労働者である僕に、代表の小林弘人 a.k.a こばへんが何かの弾みでこんな風なことを言いました。

「日本の若いやつは、ほんと使えない。英語も統計もプログラムもできる中国人が、夢と理想に燃えてやってくるんだから、みんなもっと危機感を持ったほうがいいよ」

このときの状況を補足すると、こばへんとは二人きりだったわけですが、こばへんはこれを僕に向かって言ってるわけじゃないんですね。どこか遠くへ向かって言っていて、僕はテニスボールを打ち付けられる壁のような存在だったかと思います。
そのとき僕はなんと言ったんだか。たぶん「なるほどですね」とかそんな感じで、壁に徹していたような気がします。でも、壁は壁なりに衝撃を受けていました。当時の僕にとって、グローバリゼーションで自分の仕事がなくなるというのは、アンドロイドが人間の仕事を奪ってしまうのと同じくらい現実感がない未来の話で、自分ごとだとは思っておらず、明日の納品のことだけで頭がいっぱいでした。

こうした話のほかにも、こばへんは今も昔も一貫してビジョナリーであって、未来の夢を見、それを僕らに伝える存在でした。人のプライバシー意識がどう変わるか、未来のセックスがどうなるか、そんな話をしてくるボスなんてなかなかいません。
そうして壁は壁なりにこばへんの話を聞き、こばへんの書く原稿を読み、僕は次第にその夢に触発されていき、あるとき、編集者の道からウェブサービスの企画者を目指そうと決意し、会社に辞意を伝えました。

こばへんが本気を出すとすごい。辞意を伝えにきた僕をカフェに連れ出し、ビジョナリーとしてその現実歪曲フィールドを発動させて説得をしてくれました。そのときは壁ではなく、仕事の相手として。ありがたいことです。
結局、会社を辞めることにしましたが、それは、そのときの僕にこばへんと一緒に夢を見る資格がなかったというだけの話です。そのときこばへんが語ったことは正しかった。その後、10年経って振り返るに、こばへんの見た未来はほとんど的中し、そこに見た夢が現実に近づいていることは、微力ながら私が証言します。まじですごい。

ライブドアに入ったあと、そこで再びスキルとコードを獲得するまでには相応のつまずきがあるわけですが、そのときはタイミング的に同じ境遇の仲間に恵まれました。台風の目の中は案外に静かで、事件の反響ほどには内側は混乱しておらず、僕はただ、自分の仕事に夢中になって時を過ごしました。

そこで出会ったのが、代表の出澤さんです。

同じ会社とはいえ大きな組織でしたし、代表になる前は別事業部のボスだった出澤さんとはまさに「出会った」と表現するのが適している気がします。あるいは、当時の僕の立場からすると、「発見してもらった」ですかね。おもちゃ箱の奥から取り出した野暮ったいぬいぐるみのケツをポンと叩いてホコリを払い、閉ざされていたチャクラを蒙いて(ひらいて)命を吹き込み、ビジネスという戦場のマーチに参列させる。出澤さんがしたのは、そういうことでした。

およそ僕という人間は根っからの楽天家なのか、未来のためにいま何かに投資するという訓練をしてきませんでした。振り返れば、高校は近所を選んだだけ、大学は推薦で一校受けただけ、インフォバーンはたまたま見つけた求人で、ライブドアも一通だけ送った履歴書で。どうにかなるさの行き当たりばったり一本道。
だからそのときの僕が出澤さんから学んだことというのは、ごくごく基本的な、月次の課題、週次の課題、日次の課題を実行していくという営みでした。悩まず、意味を求めず、見返りも求めず、ひたすら愚直に。

愚直な繰り返しの日課は、小さな達成の習慣に育っていきます。そしてその習慣という“乗り物”こそが、気づかないうちに自分を遠くまで連れていってくれる、というわけです。こんな当たり前のことが、僕は長いことわかっていなかったんですね。

自らを鍛えなおす苦しさのなかで、当時の僕はこんなことをブログを書きました。

『ゲド戦記』のなかに、急いで遠くに逃れるためにハヤブサに変身する、というエピソードがあります。しかしその魔法であまりにも長時間ハヤブサの姿でい続けてしまったゲドは、元は人間であることを忘れて、自分がかけた魔法を解くことができなくなってしまいます。

このエピソードが最近、仕事と私生活のアナロジーに思えてきました。

仕事で取り組むプロジェクトが増え、また、それぞれに与えられたミッションがどれもおもしろくて、人間のままだと時間内にすべてやりきるのが困難だと。そこでハヤブサに変身ですよ。
ところが一度ハヤブサに変身するとなかなか人間には戻れなくて、朝起きて歯磨きしているときから夢の中までずっと仕事のことを考え続けて、前日のテンションが途切れないまま今日の仕事に突入してしまいます。(中略)

ゲドの場合は、師匠のオジオンが救いの手を差し伸べてくれましたが、現実には、自分でなんとかリフレッシュするしかありません。というわけで、最近ジョギングを始めました。

2008年4月19日 ハヤブサ : アルカンタラの熱い夏

いま読むとなかなか微笑ましく感じますが、このときはそれなりに必死で、人間であることをやめるような感覚で取り組んでいました。夢中になるというより、畜生道に堕ちる。そういう経験を通して、日課を守り、達成の習慣をつけ、遠くへ漕ぎ出そうとしていたんです。

ここに書き付けてあることどもは、自分が勝手に咀嚼してきたことで、内容に対する責任は僕にあります。出澤さんは、自分の仕事哲学を(僕のように恥ずかしげもなく)披露したりしません。日課という小舟を後ろ向きで愚直に漕ぎ続けるなかで、あとから同じように後ろ向きで漕いでくる僕たちの背中を見るのみ。自分には出澤さんがどこまで遠くに行ったか見えず、ただ背中に視線を感じながら、やはり愚直に舟を漕いでいるだけです。

さて。「人生に目標設定は必要か?」という話でした。

巷間よく言われる目標設定の欠陥は、その人が立っている平面の水準を考えずに、一律に人生の大目標を掲げさせようとするところにあると、いまはそう考えます。かくして、地元のご近所づきあいもできない人がクラウドファンディングとハンドクラフトで地方再生を夢を見るという喜劇的なアントレプレナーの誕生と相成るわけです。

というわけで、僕が考える「その人が立っている平面の水準」(レベルとは言いたくないので、このややこしい言い回しをしています)と、「目標までの距離」を分離して考える自分なりの目標設定の仕方とは、こうです。



その人が立っている平面の水準を、「Not Individual」と「Individual」と「Super Individual」に分け、それぞれに対して「目指す方向」と「獲得すべきもの」と「目標設定」を書きました。このうち、Not IndividualとIndividualの列に書いてある内容は、これまでに語ってきた通りです。

実名で書くブログにおいて、自分を物語のなかにあてはめていく自己陶酔的な気色悪さには自覚的であるつもりなんですが、わかりやすさのために繰り返します。なぜなら、理論ではなく物語こそが共感を生み、説得ではなく表現こそが世界を変えると確信するからです。

17歳までの小さな世界で、自分がIndividualな水平にいると勘違いした僕は、蝋の翼で空を目指し墜落しました。光を奪われた盲目のヒルコとしてNot Individualの平面を漂流するなか、師と、妣の化身と、友や仲間と、父なる存在に出会えた僕は、ひとつひとつチャクラが蒙かれて(ひらかれて)いき、なんとか再び個人の水平にまで帰還することができました。ここまではそういう話です。

(つづく。次回、主題に戻って、影についてと調和と平凡さの需要と愛と平和を語ってそれで終わりにします)