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『天地明察』を読んだ

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主人公は、江戸幕府お抱えの碁打ち、二代目・安井算哲。後年彼は、国産の暦法「大和暦」を作った天文学者・渋川春海として名を成す。脇を固めるのは、棋聖・本因坊道策、和算の大家・関孝和、そして壮年の水戸光圀――。

囲碁や数学や江戸時代に興味のあるものにとってたまらない登場人物たちですね。
そしてこの表紙。

天地明察

天地明察 上 (角川文庫) 天地明察 下 (角川文庫)

上段が単行本版。下段が、文庫版およびKindle版です。

まず小説のタイトルがいい。さらに題字からは風格と親しみの両方が感ぜられる。良質な小説のにおいがする、すごくいい表紙です。

しかしこの作品、実は「時代もののラノベ」のようなものなんですね。

そういうものだと思って読んだ人や、途中でそうだと思い直した人(わたしです)は楽しめるようですが、表紙から受ける印象で「本格時代小説」や「文学」だと思ってしまった人はどうやら期待を裏切られたと感じてしまうようです。

随所に見られる単語の誤用、そして歴史小説にそぐわない軽薄な言葉遣いが物語の面白さに水をさしている。不必要な背伸びをしている様子が感じられてならない。

物書きに求められるもの - 長距離かけ太郎 "陸上小僧"

調べたことを、深く理解せず、自分の言葉として文章に起こさず、そのまんま羅列したって感じでした。

期待しすぎた - ともさん

文章中に「がっくり来る」などおよそ文章語と思えない言葉が登場する。品格に欠ける。

低価値・低品質の小説 - kh生

言葉遣いがおかしい。現代語と当時の言葉が入り交ざってる所が見受けられた。

挫折組みです。 - 天奈

キャラが立っている、とかいう向きもあるようだけれど、キャラを立たせれば立たせるほど薄くなるのが人物像。作者の人間観の幼稚さが透けて見えてしまう人物造形としか言いようがない。

通勤電車内暇つぶし読書向け小説 - ヒヨコ

愛妻ことの扱いも、「私は幸せでございました」と言わせるばかりで芸がなく、まるで記号のようでした。

まずまずでした - yosnoiz

江戸の数学者が主人公という着眼点は斬新でした。しかし登場人物は皆あまりにアニメ的な造形で、物語の深みも何もありません。文章も個性がなくおもしろくも何ともありません(中略)ジュニア小説かと思いました。

発想は良いが内容は凡作 - ニコ

あらすじを読んだとの感想です。文学とは感じ得ませんでした。

文学? - inbi

まさに、プロットを読まされてる感じ

『とある囲碁打の改暦記録(プロット)』 - ぺそあ

小説の軸になっているのは、「安井算哲」と「渋川晴海」というふたつの名前を行き来する主人公の人生であり、それらの名前が代表する「囲碁の世界」と「天文学の世界」が絡み合いつつ統合へ向かう物語である……ということになるのでしょうが、その試みは構想段階で潰えてしまっています。特に物語の後半は、事実のおもしろさに負けてあらすじを追うだけの内容。題材のおもしろさはピカイチなだけにとても残念です。

しかし、ラノベらしくキャラクターのおもしろさが際立っているところがあり、そこは非常に印象的です。おもしろみのない善人ばかりの登場人物のなかにあって、特に異彩を放っているのが水戸光圀と関孝和。

これは、渋川晴海と水戸光圀が初めて出会った場面です。
あたかも水面に映る月影を見るがごときで、触れれば届くような親密な距離感を醸しながら、それでもなお水面の月を人の手で押し遣ることは叶わないことを思い起こさせる。

続いて、関孝和との邂逅かなったあと、ふたりの人生の交錯を表現した場面。
関は満足そうにうなずき、そして笑った。その様子に春海は胸を衝かれた。この天才が浮かべるには、あまりに寂しく、孤独な表情だった。ともに歩めたかもしれない道のりを、全てを背負って春海だけがゆくのを見送る者の顔だった。

題材といい、表紙といい、メディア展開や二次創作の余地を多分に残したキャラクター中心のプロット仕立てといい、「商品」としてはとてもすぐれた本という印象。ページ数の多い小説ですが、ちょっとした時間をつなぎ合わせて目を通すのにはちょうどいいので、そういう本を探している人におすすめです。

関連商品


天地明察 [DVD]
岡田准一
角川書店
2013-02-22





『羆嵐』(くまあらし)を読んだ

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今からおよそ100年前。1915年(大正4年)の三毛別羆事件を元にした小説、というかノンフィクションというか。刊行は1977年。それが「Amazonオールタイムベスト小説100」にも選ばれ、レビューも非常に高評価なのでKindle版(400円)を購入して読んでみました。



「三毛別羆事件」や「福岡大ワンゲル部・ヒグマ襲撃事件」の話を知っている者にとっては、羆(ヒグマ)の恐ろしさに関する新鮮な驚きはないかもしれません。物語も単純そのもの。
しかし文章が素晴らしい! それを味わうためにおすすめしたい作品です。

朱の色は、早い速度で山火事のように尾根一帯を染め、互に合流して深くきざまれた渓谷へなだれ落ちていった
耕地では、一鍬ごとに木の根や石塊がとりのぞかれ、人や家畜の排泄物を吸収した土は朽ちた葉もふくんで柔かみを増していた。耕地は少しずつひろげられ、女たちは子を産み、子は背丈をのばしていった。
人間の集落には、家屋、耕地、道とともに死者をおさめた墓石の群が不可欠のものであり、墓所に立てられた卒塔婆や墓石に供えられた香華や家々でおこなわれる死者をいたむ行事が、人々の生活に彩りと陰翳をあたえ、死者を包みこんだ土へのつつましい畏敬にもなる

土地を求めてさまよった貧農たちを透徹した眼差しで見つめ、北海道の厳しい自然による残酷な仕打ちを慣用句に頼らず描ききっていて、文章を追っていくだけで「いい文学を読んだな」と愉快な気分になれます(ただし話の内容はグロテスク)。おすすめ。

本の情報


羆嵐
吉村昭
新潮社
2013-03-01


羆嵐 (新潮文庫)
吉村 昭
新潮社
1982-11-29

Amazonオールタイムベスト小説100という企画がおもしろい! 〜100冊セットのプレゼント企画も

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売れた数だけでランキングしても、編集者が独自にセレクトしてもこうはならないだろうという個性的なリストに仕上がっています。

Amazonオールタイムベスト小説100
http://amzn.to/1f6MjZn (PC)
http://amzn.to/17CUG7a (スマホ)

どうせベストセラーばかりでしょと斜に構えると意外が本があって驚くし、BRUTUSなんかがたまにやる小洒落た特集とも違って身も蓋もない人気作品も入っている。カスタマーレビューの点数や、外部サイトからの流入数なども計算に入れることで、ある種、こういった非人間的でおもしろいリストができるんでしょうか。こういう企画、もっともっとやってほしいですね。

というわけで注目すべきはこの100冊をセットで丸ごとプレゼントしてくれるキャンペーンです!

プレゼントキャンペーンのページ
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http://www.amazon.co.jp/gp/socialmedia/promotions/alltimebest/ref=tsm_1_fb_s_jp_mwgdca

参加方法は簡単。Facebookページに「いいね!」をして、100冊の中ですでに読んだことのある本を数えて投稿する、というもの。

100冊すべて読んだと回答すると当たらない気がするし(当たらなくて結構だしむしろKindleでくれ)、1冊と答えると「この人にプレゼントしても本当に読んでもらえるのか?」などと思われそう。なぞとケチな根性がむくむくと頭をもたげてつまらないこと考えてしまいがちですが、もちろん作為のない抽選でしょう。肝心なのは、キャンペーン参加者にじっくりとリストを眺めてもらうこと。そしてそれから引き出される感想がネットに投稿されて話題になること、でしょうか。

その手にまんまと嵌ったひとりとして、オールタイムベスト100の中から自分の読んだ範囲でおすすめ本を紹介してみます。

トップ3(良質な読書の余韻がいまも残り続けているもの)


グレート・ギャツビー (スコット・フィッツジェラルド)
戦闘妖精・雪風(改) (神林長平) 
わたしを離さないで (カズオ・イシグロ)

トップ10(何度読んでもおもしろい、実際に何度も読んだ)


・世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド (村上春樹)
・坊っちゃん (夏目漱石)
・シッダールタ (ヘッセ)
・国境の南、太陽の西 (村上春樹)
・深夜特急 (沢木耕太郎)
・砂の女 (阿部公房)
・銀の匙 (中勘助)

11位以降(おもしろい! ただ再読はしなかった)


・坂の上の雲 (司馬遼太郎)
・日の名残り (カズオ・イシグロ)
・竜馬がゆく (司馬遼太郎)
・ドグラ・マグラ (夢野久作)
・魍魎の匣 (京極夏彦)
・銀河鉄道の夜 (宮澤賢治)
・百年の孤独(ガルシア=マルケス)
・夏への扉 (ロバート・A・ハインライン)
・老人と海 (アーネスト・ヘミングウェイ)
・こころ (夏目漱石)
・人間失格 (太宰治)
・星を継ぐもの (ジェイムズ・P・ホーガン)
・星の王子さま (サン=テグジュペリ)
・変身 (カフカ)
・吾輩は猫である (夏目漱石)
・ボッコちゃん (星新一)
・ねじまき鳥クロニクル (村上春樹)
・天使と悪魔 (ダン・ブラウン)
・東京タワー―オカンとボクと、時々、オトン (リリー・フランキー)
・博士の愛した数式 (小川洋子)
・陰翳礼讃 (谷崎潤一郎)
・男の作法 (池波正太郎)
・アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)

小説じゃないのがはいってますが、もとからリストに入っているので気にしないことにして、以上33冊でした。

ちなみに以下の本は、あとまわしにしていたのだけど、今回のリストを見て購入したもの。Kindle版で安く買えるのもうれしい。こういう気づきがあるのがリストを眺める楽しみですね。近々読むぞ!

・1984 (ジョージ・オーウェル)
・天地明察 (冲方丁)
・旅のラゴス (筒井康隆)
・人間の土地 (サン=テグジュペリ)
・羆嵐 (吉村昭)

以上、キャンペーンにまんまとやられたレポっす。

村上春樹の最新短編「ドライブ・マイ・カー」

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長い時間を一緒に過ごした伴侶と、本当にはわかりあえていなかったのではないかという恐怖と悔恨。それはまるで、目の前にあるのに視覚できない盲点のようなのかもしれない……。

と、文藝春秋の今月号に掲載された村上春樹の最新短編はそんな感じの話なのですが、読後、良きところを積極的に探すのに苦労しました。これは一体どういう作品なんだろうと。





しかし、文藝春秋を頭から最後まで斜め読みしてみてわかったのは、この小説はある種の男性を癒すことはできるかもしれない、ということでした。いや、癒すのではなくて、代わりに傷ついてくれる、という感じかも。

特集されている記事は「うらやましい死に方2013」とか「少子化時代、お墓はどうなる」など。エッセイには、「私はツイッターもフェイスブックもやらない。最後のひとりになるまで紙の本を手放さないだろう」という絶叫があり、スポーツの話題はいまだに貴乃花と長嶋茂雄。あたらしいものがないことの安心感がすごくて、これが思いのほか心地いい。

そうしたコンセプトの雑誌のなかに佇んでいる短編小説だと考えると、この作品は確かに悪くない。むしろぴったりくるんですね。これは発見でした。

北欧のオープンカーやクラシック音楽やウィスキーといったモノに対するフェティッシュな言及。
根津美術館の裏あたりのバーというロケーション。
「ドライブ・マイ・カー」というビートルズの曲名を引用したタイトル。
これらが意味する世界をブレなく伝えられる媒体が文藝春秋だったと考えればすっと胸におちる作品でした。

一方、こんな読みも。


『ダンス・ダンス・ダンス』ですか! なるほどー。
そしてお待ちかね、finalventさんの評論。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2013/11/post-9c4e.html

関連書籍


Kindleでも読める。けど、紙版より高額。



買えるといえば、ちょっと古いけどニューズウィークでの特集もKindleで買えます。


傑作! 山奥のマタギが都心の住宅事情を辛口レビューする奇妙な短編小説『檜原村通信』(著・松田ジャクソン)

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檜原村通信

山奥で獣を狩る無口なマタギ。しかし彼は「都心住居掲示板」の住人であり、熱心なヲチャーでもあった――。マンションVS戸建論争、赤坂・青山・麻布への憧憬と屈折、豊洲タワマン住民同士の罵り合い。それらどうしようもないやりとりを日課のように眺める男は、実生活の無口さからは一転、都心原理主義による持論を饒舌に語りだし、板の住人を黙らせる。そして、投稿ボタンを押し終えた男は今日も独りごちる。

『力は、自信が意思を持つ。手綱を握ろうとするな。お前はお前だ』

   *

……というのが大まかな話の筋。孤独のグルメの井之頭五郎よろしく、「山の狩りでのちょっとした出来事〜掲示板のヲチ〜都心住環境に関するバトル」という一連の流れがテンプレートになった連作短編集です。それが徐々にテンプレートを逸脱して、物語上のピークに向かっていくわけですが、これが滅法おもしろい!

まずアイデアが秀逸。
それに形を与える文章力もあり、文体には独特のヴォイスがある。
さらに、力量に酔わないだけの客観性とおもてなしも備わっている。
つかみはバッチリ。短く、テンポよく、謎を残したまま最後まで一気に読ませて、話の畳み方も鮮やか。
東京の住宅事情に興味がある人には目盛りふたつ分くらい余計におもしろい。

この人は一体何者なんだろう?
いまイチオシのKindleオリジナル小説です。

檜原村通信
松田ジャクソン
エム・パブリッシング
2013-08-05

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