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『考える生き方』(著 @finalvent)を読んで

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考える生き方考える生き方
著者:finalvent
販売元:ダイヤモンド社
(2013-02-21)
販売元:Amazon.co.jp

読み進むにつれて印象が変わる、不思議な読書体験でした。

第一章「社会に出て考えたこと」は、「極東ブログ」と「finalventの日記」の十年来の読者として、ファンブック的な楽しみ方をしました。なるほどこういうバックグラウンドをお持ちの人だったのか、ふむふむと。
でもこれはfinalvent氏のブログを知っている人じゃないと楽しめないんじゃないかなと、そのときはそんな風に思いましたし、ここで読むのをやめてもいい本だなと、正直そのように思いました。

けれどそれが、第二章「家族をもって考えたこと」第三章「沖縄で考えたこと」から変わった。

四人の子供を授かり、沖縄編に八年間暮らし、難病を患って東京に戻ってくるまでの話で、ぐぐっと掴まれる。なぜか。ひとつひとつは単純なエピソードです。たぶん、誰の身にも、なんらかの形で訪れるような人生のちょっとした転機の話です。でも、そんなありふれた平凡な困難を、こんな風に深く描いた本があったでしょうか? 僕は知りません。

本の冒頭「はじめに」で著者自身によって解説されているように、これは、社会的に成功しなかった無名人が、その平凡な困難(しかし誰にも肩代わりのできない困難)をどう引き受けて生きていくか、という心構えの話です。しかし普通の人はそれを言語化する知性を持たないし、それを広く読んでもらう手段がありません。でも、finalvent氏にはそれができるわけです。この本の価値は、まさにそこにあります。

第五章「勉強して考えたこと」第六章「年を取って考えたこと」になると、またファンブック的に楽しめます。でもそれは、アルファブロガーとしてのハンドルネーム「finalvent」のファンブックではなく、その下層にある「本名●●●●さん(非公開)」のファンブックです。描かれるテーマは、55歳になって語る20代の恋だとか、ハゲることについてだとか。

それらを楽しんで読むうちに、自分がふと、平凡な人として迎えるであろう老いの境地について考えていることに気付きました。「空しさを希望に変えるために」というのは、実に素晴らしい副題です。

気に入ったのは終わり方。ケレン味のない、すっとした終わり方で、それがまるで、本書を一冊の長いブログ記事のように感じさせてくれました。そういえば、この本は、表紙にもケレン味がなかった。表紙からすぐ書き出しがはじまって、すっと終わる。まるで、「俺なんか成功者でもなんでもないんだから気になった人だけ読んでくればいいんだよ」とでもいうように。

でもこれは、平凡に老いを迎える男どもにとって必読の書だと思う。

僕は昨年から「ビジネス書を読まない」という制約を立てて文学と批評しか読まなくなったけれど、これこそ、ライフハックに躍起になる若いビジネスマンに読ませたい本である、という気がする(そう思う一方で、若ければ若いなりに熱血したほうがいいと思う。そういう巨視的な視座を得られる本です)。

考える生き方考える生き方
著者:finalvent
販売元:ダイヤモンド社
(2013-02-21)
販売元:Amazon.co.jp

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山本素石の本がすべて絶版になっているってのは、なんて犯罪的な文化的損失だと憤っていた頃がありました。だいたい10年くらい前の話です。

その当時はAmazonのマーケットプレイスもなくて、山本素石の本を探すには地道に古本屋を回るしかなかったし、そのためだけに1日かけて神保町を探しまわる、なんてこともしました。
そしてその度に、こんなに優れた作家がこのまま時代に埋もれてしまうのは残念過ぎる…との思いを強くしていきました。出版社への就職を目指してフリーターをしていた頃の話なので、そういう無駄な時間や、無駄な怒りのエネルギーが有り余ってたんですね。例えるなら、西村賢太における藤澤清造みたいなもんですかね。

しかし今年、良心的な版元によってついに山本素石の作品が蘇りました! 非常に愉快です!


山本素石綺談エッセイ集〈1〉画文集「釣山河」山本素石綺談エッセイ集〈1〉画文集「釣山河」
著者:山本 素石
販売元:つり人社
(2012-02)
販売元:Amazon.co.jp
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山本素石綺談エッセイ集〈2〉釣りと風土山本素石綺談エッセイ集〈2〉釣りと風土
著者:山本 素石
販売元:つり人社
(2012-02)
販売元:Amazon.co.jp
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過去の作品を再編集したものとしては、全集に近い位置づけの『山本素石の本』(全4巻/絶版)があったのですが、今回のものはこれはそれよりコンパクトに、財布にも優しい金額になり、これまで単行本未収録だった作品も掲載されています。

釣り随筆という分野においては、もともと筆名の高い井伏鱒二や開高健の作品が今でも手に入れやすく人気も高いのですが、それを専門とする作家となればやはり山本素石。釣り随筆専門という商業性の低さゆえか、永らく絶版になっていた作品が、こうした蘇る機会を得たことが本当にうれしいです。

釣り随筆と言っても、「釣り」好きな人にだけ読まれるような作品ではありません。渓流釣りを通して、自らの人生や孤独に向き合う文学性、そしてユーモアこそがその魅力の本質です。だからこそ、より多くの人に手にとって欲しいと思い続けてきたわけです。

贔屓の引き倒しでここまで山本素石を評価しているのは自分だけじゃないかと思ってきたのですが、本書の解説文に「東の開高健、西の山本素石」という評価を見つけ、「やられた!」そして「なるほど!」と膝を打ち、かつまた、海外へ向かって明るく羽ばたく開高健と、国内の山奥へ暗く沈む山本素石が、これ以上ないコントラストとして頭に浮かびました。

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もし、『釣りキチ三平』を代表とする矢口高雄の漫画を読んだことのある方があれば思い浮かべていただきたいのですが、通奏低音になっているのは「失われていく豊かな自然へのノスタルジーと、破壊者の側に加担してしまっている原罪の意識」だったりします。
マイカーの普及によって、登山や渓流釣りが一気にブームになった時代のはざまで、それらのテーマに敏感に反応し、作品として昇華させたのが、山本素石であり、矢口高雄であると思います。

山本素石の場合は、それが廃村系の作品にもっともよく現れていると思います。廃墟や廃線や廃村は、もはや一過性のブームと呼べないほどに人気になっていますが、その元祖は間違いなく山本素石であり、「廃村茨川」の一連の随筆は、その先駆けであったと言えると思います。そして、全作品を通じて、これらの廃村系のおもしろさは飛び抜けています。ほんと最高ですよ。

あと、付け加えるならば、30代以上の人には懐かしいツチノコブームは、この山本素石が先鞭をつけたものです。と言われると、「誰それ?」と思っていた人にも身近に感じてもらえるかもしれません。

廃村からツチノコまで珠玉の名作ぞろいですので、ぜひ手にとってご覧ください。

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藤原正彦の『遥かなるケンブリッジ』を読んだ。


遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス (新潮文庫)遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス (新潮文庫)
著者:藤原 正彦
販売元:新潮社
(1994-06)
販売元:Amazon.co.jp
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なるほど知性とはこういうものか、と襟を正しくなるような良書でした。

知性とは、自分が拠って立つ文化的ポジションをしっかりと持ち、そこから、他者との距離を正確に測ることで、自分と他社を深く理解しよう努める行為だと、読後の今だとそのように思います。

奥さんとふたりの子どもと一緒にイギリスに移住した一年を記録したエッセイのハイライトは、次男のいじめについての対応方針を、数ヶ月のすったもんだの末に翻すところ。
最初のうちは、「いじめたらやりかえせ」という方針を貫いていた藤原雅彦が、家族やイギリスでの同僚とのコミュニケーションを通して、自分の誤りを認め、当初の方針を翻すに至るプロセスは、その正直な筆致とあいまって、知性のあるべき姿を正しく文章に焼き付けていて、そこがなによりおもしろい。

同じようなエッセイとして評判の高い『若き数学者のアメリカ』も、後日、続いて読んでみたら、こちらも同様におもしろかったです。
また、既読のなかでは、『天才の栄光と挫折―数学者列伝』がおすすめ。サイモン・シンなどが好きな人は必読です。

若き数学者のアメリカ (新潮文庫)若き数学者のアメリカ (新潮文庫)
著者:藤原 正彦
販売元:新潮社
(1981-06)
販売元:Amazon.co.jp
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天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)
著者:藤原 正彦
販売元:文藝春秋
(2008-09-03)
販売元:Amazon.co.jp
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村上春樹との対談本で興味を持ったので、小澤征爾の本を3冊読んだ

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村上春樹の『小澤征爾さんと、音楽について話をする』という対談がとてもおもしろかったので(感想をまとめた記事「ディレクションという言葉がありますよね」はこちら)、続けて3冊、小沢征爾の本を読んでみました。


ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)
著者:小澤 征爾
販売元:新潮社
(2002-11)
販売元:Amazon.co.jp
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「外国の音楽をやるためには、その音楽の生まれた土地、そこに住んでいる人間をじかに知りたい」という著者が、スクーターでヨーロッパ一人旅に向かったのは24歳の時だった……。ブザンソン国際指揮者コンクール入賞から、カラヤン、バーンスタインに認められてニューヨーク・フィル副指揮者に就任するまでを、ユーモアたっぷりに語った「世界のオザワ」の自伝的エッセイ。

いやもうこんなにおもしろい自伝はまたとない。スターウォーズでいえば第1作『新たなる希望』のような、前途洋々たる若者の青春活劇。あまりにおもしろくて、もう2回も通読しちゃいました。

小沢征爾がなぜこんなにおもしろい自伝が残せたか、という秘密のひとつは、家族への手紙。家族思いで筆まめな氏が、せっせと書き送った手紙が家族のもとで大事に保管されており、それを元に書き起した自伝だからこそ、瑞々しさと親しさに満ちた素晴らしい内容になっています。


同じ年に生まれて―音楽、文学が僕らをつくった (中公文庫)同じ年に生まれて―音楽、文学が僕らをつくった (中公文庫)
著者:小沢 征爾
販売元:中央公論新社
(2004-01)
販売元:Amazon.co.jp
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小澤征爾と大江健三郎。活躍する世界は異なるが、1935年の同年に生まれた彼らは、中学3年のときに現在の仕事を目指し、若手芸術家として時代の先端を走り続け、粘り強く仕事を重ね、世界的にもっとも評価される日本人として自らの人生を築き上げてきた、という点で共通している。本書は40年来の友人である彼らが、青春時代、家族、教育、民主主義、音楽と文学、共通の友人武満徹、そして未来について、縦横に語り合った対談集である。

この本の存在をついこないだまで知らなかったんですが、村上春樹の『小澤征爾さんと、音楽について話をする』は、実はこれと同じようなフォーマットだったんですね。

大江さんとの対談本と、村上さんとの対談本の間には結構時間が空いているけれど、その会話の中の小澤さんの印象は、ほとんど変わらない。少なくとも自分には見分けがつかない。

特に印象的だったのは、「ディレクション」について語りだす部分。前の感想にも抜き書きしましたが、ここは指揮の神髄といった感じで、非常におもしろいお話です。

さらに、小澤さんが話す内容には平年劣化しない芯があり、それによって、小澤征爾・大江健三郎・村上春樹の3名が時を超えて対談している、という風にも楽しめます。いい本でした。


音楽  新潮文庫音楽 新潮文庫
著者:小澤 征爾
販売元:新潮社
(1984-05)
販売元:Amazon.co.jp
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音楽との出会い、恩師カラヤンやストラヴィンスキーのこと、現代音楽の可能性日本を代表する音楽家二人の鋭い提言。

こちらは武満徹との対談本。村上春樹・大江健三郎と比べると、自分がその作品に親しんでいないため、いまいち楽しめませんでした。が、まだ無名だった武満徹の作品をストラヴィンスキーが見出す成功譚の話はおもしろかったし、現代音楽家としてのアイデンティティの不安を口にする武満氏を小澤氏が励ます下りも、ぐっときました。

というわけで、ストラヴィンスキーが見出した最初の曲「弦楽のためのレクイエム」を、小澤征爾が指揮している動画を貼り付けておきます。



なんか難しいぞ、これは…。

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