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カテゴリ:1000冊紹介する

101冊目 「忘れられた巨人」 カズオ・イシグロ

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5月に『忘れられた巨人』が発売されてから今まで何かと多忙で、読みきるのに時間を要してしまった。



カズオ・イシグロ得意の「信頼できない語り手」が、核心を伏せたまま不穏なムードで物語を引っ張っていく。そうそうこれですよと、冒頭あたりでは快哉をあげたくなるようなおもしろさを感じる。ところが、中盤はわりかしダルく、特にファンタジーを読み慣れている人には飽き飽きとするところもしばしば。ところが最後の最後で再びのめり込んでゾッとさせられる、そんな読書体験だった。

番いの男女の愛を、こんなかたちで書いた物語がいったい他にあるんだろうか。ファンタジー小説という舞台に、記憶の曖昧な老夫婦という登場人物。それらが、予想もしなかった読後感を与える結末を導いている。

ラストシーンはどうとでも解釈できるが、第一印象では、アクセルのほうが往復する船を待たずに姿を消したんだろうと思った。そしてそれでも、ベアトリスへの愛は本物だろうと。
裏切りと後悔の記憶に荒涼とした心。妻と離れたくないという言葉と、孤独を尊ぶ気持ち。矛盾するようでいて、それでもそこにある愛。万語を費やしても語れない気持ちが、見事な寓話になっていた。

期待を裏切らない新作。


カズオ イシグロ
2015-05-01

100冊目 「グレード・ギャツビー」 スコット・フィッツジェラルド

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1000冊を目標にすると、100冊はその一合目にあたる。どうせなら記念になるようなものをと考えて、グレート・ギャツビーを選んだ。過去に3回もこのブログで読書メモを残しているので、これが4回目の紹介。


ある先輩に、グレート・ギャツビーみたいな小説を書いてみたらいいんじゃないかと言われて、はじめは「いやいや無理でしょ」と笑い飛ばしたんだけど、「みたいな」という言葉を気楽に考えみたら、まあたしかにできるかもしれないと思えてきた。現実の著者と、話者のニックと、主役のギャツビーが分担しているものやそのバランスはたしかに模倣可能だし、やりがいがある。

おだてにのってやってみようかな、ということで記念の100冊目に選んでみた次第。しかし何度読んでもおもしろい。訳者を変えるとさらに楽しみが増す。


フィツジェラルド
2013-05-31



F.スコット フィッツジェラルド
2009-09-08

99冊目 「ネットが生んだ文化」 川上量生

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真面目に全文を精読したわけではないけど、川上さんとばるぼらさんの原稿は素晴らしかった。当事者の端くれとしても、文句のつけようがほとんどなく、わたしたちの世界を説明する際のテクストとしてお薦めできる。


考えるのは、今後これらをいかに上書き可能かというとこ。サービスのシェアではなく、文化としての上書き可能性をこのところずっと考えている。


98冊目 「お弁当が知ってる家族のおはなし」 清原亜希

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清原亜希さんのお弁当のファンなので発売日に購入。

塩分と旨味の量に対してご飯が足りなくなるんじゃないかと不安になるような、それでいて地に足のついたお弁当が本当にうまそう。オカズとは別に、ご飯の上に梅干しと明太子が両方のってるのとか最高ですね。確実にごはんが足りない。


ブログも人気。サードウェーブ男子を蹴散らす、運動部の子のためのお弁当がこれだ。

97冊目 「ハマータウンの野郎ども」 ポール・ウィリス

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10ヶ月になる息子が棚から取り出した本と戯れていて、どれどれ何かなと思ったらこの本だった(表紙がぐちゃぐちゃなのはそのせい)。

妻の本で、読むのは今回初めて。息子による思いがけないきっかけで読みはじめたらこれがおもしろい。
階級の再生産がどのようにして行われ、反抗する若者がなぜきつい労働を進んで受けいれるようになるのかを考察した70年代のイギリスの研究。
テレビで切り取られる成人式での騒ぎのようなものがいかに世界共通のあるあるかと気づかされるところまでは笑えるが、そこから先はあまり笑えない。それは、自分もまたその再生産の一部であることに気づくから。


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