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84冊目 『遠野物語remix』 京極夏彦 柳田國男

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オススメの本しか紹介してないのでこういうことを言うのもなんだけど、あえて言おう。必読であると。

この本の売り文句には、若干のミスリードがある。現代的で読みやすい日本語(しかもホラーに最適化された京極文体)に訳されたことが大事なんじゃなくて、119個の物語の順番を入れ替えることで柳田國男の私小説としての遠野物語を浮かび上がらせたことがこの本の一番の価値だ。

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一読したことがある人にはわかるが、遠野物語という本には、伝説や民話や昔話はそれほど載っておらず、現代(100年ほど前)の話が多い。
しかも、遠野に広く伝わる話というより、佐々木鏡石氏の出身地である土渕の話と、柳田國男が遠野旅行したとき見聞した話が中心となっており、その観測範囲は実は非常にせまい。

しかし、そのことが非常にわかりづらい構成になっている。遠野物語に普遍性をもたせようというねらいのもと、時間軸や空間軸がわざとバラバラにされている。

京極氏の偉業は、これをremixして時間軸と空間軸を復元し、流れをもったひとつの物語に統合したこと。

はじめは、東京にいる柳田が佐々木鏡石から遠野の話を聞いている。それから、いてもたってもいられなくて遠野旅行にでかけ、あちこちを歩き、いろんな人の話を聞き回る。
そういう構成で読むと、こんなわかりやすい本もない。旅行記のような、私小説のような、もっといえばブログのような作品に読めてくる。

もちろん、柳田はそれだけの人ではないし、佐々木鏡石氏は柳田とは別の展望をもって『遠野物語拾遺』にとりかかるのだけど、当時まだ30代半ばだった柳田國男が衝撃を受けて見聞き遠野の話は、日本民俗学の原点として読むよりも、沢木耕太郎の『深夜特急』みたいなもんだと思って読むほうが、かえってその本質に感銘を受けるかもしれない。

京極氏は、本当に、次の100年につながるような大仕事をしたと思う。愛なしには作れない、素晴らしい本だった。



46冊目 『遠野物語』 森山大道

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先に紹介した浦田穂一の遠野物語が定住者の写真集だとすれば、こちらの森山大道の遠野物語はストレンジャーの写真集。

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民話の故郷としての遠野物語の神話化には加担せず、見たまんま感じたまんまが感光されたドキュメンタリー。釜石線の風景、獅子踊り、山口さんさ、映画館に親不孝通り。これこそ、私が(ぎりぎり)知っている40年弱前の遠野のリアルな姿だ。



40冊目 『写真 遠野物語』 浦田穂一

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1981年に刊行された、私が生まれた土地の写真集。小さい頃に見たときは不気味に思ったが、いま見返すと、「よくこんな写真を撮らせてくれたな」と驚くような被写体との距離の近さが感じられて、それが不思議なあたたかみとして感じられる。

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いつか、自分の子どもにも見せてみたいと思って、帰省の折に手荷物に加えて東京に帰ってきた。

遠野まごころネットの『新・遠野物語』を読んで震災を振り返った

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宮古、山田、大槌、釜石、大船渡、陸前高田。これら岩手県の被災地の支援ボランティアとして、もっとも存在感のある活動をしている「遠野まごころネット」。その活動記録本が3月に刊行されたというので、早速買って読んでみました。


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新・遠野物語——遠野まごころネット被災地支援への挑戦 2011-2013


被災地ではない遠野がなぜ支援ボランティアの中心地になったかというと、それは地理的な理由によるものです。以下の地図を見ていただければ一目瞭然ですが、すべての被災地からほぼ均等な距離にあるんです。

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古くから交通の要所だったとはいえ、いまはその面影もなくなった遠野が、こうしたかたちで再び脚光をあびることになるとは。出身者として、なんとも不思議な感慨をおぼえます。

とはいえ、自分が何かをしたわけではありません。ただ東京にいて、いくらかの物資を送ったり、支援金を送ったりした程度です。その意味で、この本に対してもちょっと距離のあるところから冷静に読みはじめたつもりでした。

ところが。

冒頭からいきなりもっていかれました。関係が薄いだなんてとんでもない。これはおまえに関係のある本なんだ。そう言われた感じがしました。

おもえば2011年3月15日、僕のところにこんなメールが転送されてきたのでした。

皆さまへ 2011.3.15

NPO法人遠野山里ネットとして今回の震災への対応を会員一同・スタッフ8名で精いっぱい頑張りたいと思います。よろしくお願いします。

これから定期的に、困っていること等の情報を発信したいと思っています。

1.遠野の位置は、沿岸部の被災地、釜石、大槌、陸前高田市、大船渡市等へ山一つ隔てた内陸部で何処へも1時間足らずで移動できるところです。ルートは確保されました。

2.幸い遠野は人的被害がなく、3日後には電気も回復しています。遠野の位置的なこともあり後方支援基地として機能しています。

3.これから被災された方々が避難して来られる予定になっています。


本日の情報発信

1.ガソリン等油が不足。数日後は動きがとれません。後方支援や、ボランティアにも支障、2次災害も考えられます。遠野の町中は、車の通行が減り、自転車が走っています。

2.政府が石油備蓄を放出と言いました。具体的に何日間で現場のスタンドに届くのか、大臣が会見などでお話しいただければ、パニックは収まります。

3.遠野は少子化によりもとより赤ちゃんの粉ミルクの在庫が少ないところへ、被災された赤ちゃんが来ることで、粉ミルクが大変不足しています。赤ちゃんはそれしか命をつなぐ方法はありません。早く手を打ってほしいです。

4.被災地はコメが不足しています。国にはコメはあるはずですが、農水大臣が会見などでコメ支援を言ってほしい。それまで、地域で頑張ってほしいと言われれば頑張りようがあります。

5.被災地のライフラインが回復するメドが立ちません。当面、乾電池、ろうそくが必要です。

6.報道(特にテレビ)の影響力と、あり方につきまして、リポーターが「現地は何が不足していますか」という質問に現地の人が何も言えなかったり、「今のところ充足しています。」という報道に疑問があります。被災地はそのところによって事情が違います。そのことが被災地全体のイメージにつながることが心配です。

7.スーパーには牛乳はありませんが、近くの酪農家は、毎日絞しぼらざるを得ない牛乳を捨てているという現象が起きています。集乳車が油がないことで来ないために捨てざるを得ない状況です。

また、情報発信します。


NPO法人 遠野山里暮らしネットワーク 菊池新一

スーパーに牛乳はないのに、酪農家は毎日牛乳を捨てざるを得ない


これを読んだ私は、そのあと入った情報も取りまとめて、「遠野市役所を通じて大槌町・釜石市・大船渡市・陸前高田市の被災者に救援物資を送る3つのステップ」という記事を書き、私自身もそのように行動しました(「救援物資を買出しに行くの巻」)。

あの当時は情報が錯綜していて、物資にしてもお金にしてもどこにどう送るのが正しいのかよくわかっていなかったのですが、今回この『新・遠野物語』を読んで、それが間違っていなかったのだということがわかり、非常にうれしい思いをしました。

救援物資のリストは、被災者に直接聞いて作成した机上の空論ではない真に迫ったリストでしたし、あの混乱状況のなかで私(たち)が送った救援物資がどのように被災地まで届けられたかもよくわかったし、口座に振り込んだお金がどのように使われたのかも、すごくよくわかりました。関係が薄いなんてとんでもない。あのとき協力してくれたみんなに読んでほしいと思える、深い関わりをもった本でした。

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このときの「NPO法人 遠野山里暮らしネットワーク」や「遠風会 被災者支援チーム」が、2011年3月28日に立ち上がる『遠野まごころネット』の母体となっていった、ということもこの本には詳しく書かれていますが、なかでも気に入ったエピソードがあったので引用します。

会の名称を、遠野青年会議所の小松正真が「HEY! HEY! ネットワーク」と提案した。HEY(ヘイ)に、遠野や被災地一帯を呼ぶ「閉伊」地方の意味を込め、そこに気軽に支援にいく姿勢を重ねた。しかし現地の惨状に照らしてそぐわないと不採用。「遠野まごころネット」に決まった。


「HEY! HEY! ネットワーク」にしなくて本当によかったな思いつつも、心のなかでは「うまい!(笑)」と思ってしまった。そのときのみんなもそう思ったからこそ、ボツになった名称のためにわざわざ紙幅が割かれているんでしょうね。

ちなみにこの小松正真というのは小中高の同級生ということもあり、個人的には余計におもしろいエピソードでした。それでひさびさに連絡を取ってみたら、「次は仕事で被災地に絡む予定」「大船渡に事業所作ることになった」「今度は大船渡の物産サイト!夏から秋にかけてオープン予定!」など、まだまだ続く復興の話を聞けた。この前向きなメッセージを読んだら、やっぱ「HEY! HEY! ネットワーク」でもよかったのかもねと、そんな気がしました。

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この本の美点は、震災後の話がみんなにも深く関係あるんだよ、ということを自然に気づかせてくれるところにあります。「震災を忘れるな」というスローガンのもと強制的に気づかせるのではなくて、自分が知らず知らずやっていたこと、考えていたことをきっかけに、自発的に気づかせてくれる。そういう本です。
さまざまな人の証言を集めた本なので、読む人によって発見するものが違うと思いますが、少なくとも私はそのように読みました。

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「そんなことがあったのか」と驚いたのは、柳田國男の長男の奥さんを中心として『遠野物語』に縁のある人々が復興に協力してくれていた、ということ。この『新・遠野物語』というタイトルが、そんな風につながってくるだなんて。

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ちなみに、実は私も遠野物語関連の本を出しました。
今年からパブリックドメインになった柳田國男の『遠野物語』全119話の中から、女性にまつわる物語だけを12篇抜き出して、解説を加えた本です。妖怪のカタログでも、民俗学の資料でも、古典文学でもなく、現代と変わらない感性をもった生身の人間だけが登場する『女たちの遠野物語』。遠野物語を一度は手にとってみたけど読みきれなかったという人にこそ読んでほしい内容です。


女たちの遠野物語 - 十二話でわかる遠野物語の世界女たちの遠野物語 - 十二話でわかる遠野物語の世界 [Kindle版]
著者:柳田 國男
出版: 焚書刊行会
(2013-03-17)


ふるさとは遠きにありて思ふもの。
遠野物語から遠く離れて。

なんだかよくわからない話になっちゃいましたが、『新・遠野物語』も、ついでに『女たちの遠野物語』もよろしくお願いします。

新企画『女たちの遠野物語』(著・柳田國男 編・佐々木大輔)というのをやります

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ダイレクト文藝マガジン 007号「非実在少女/『電子の灯す物語』最終回」ダイレクト文藝マガジン 007号「非実在少女/『電子の灯す物語』最終回」 [Kindle版]
著者:太宰 治
出版: 焚書刊行会
(2013-03-01)

ダイレクト文藝マガジンで、こんな連載をはじめました。
初回なので、以下にまるっと掲載しちゃうよ。

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 2010年で刊行から百周年を迎えた柳田國男の『遠野物語』。今年2013年は、柳田國男の没後50年が経過しその著作がパブリックドメインとなる年で、青空文庫でも無料公開されるなど、より手に取りやすい環境が整いました。

 しかしこの『遠野物語』が、いまも読者に親しまれているかというと、残念ながらそうではないようです。同じく今年パブリックドメインとなった吉川英治の『宮本武蔵』が漫画『バガボンド』などに翻案されているのに比べると、なんとなくとっつきにくい作品だと思われているのではないでしょうか。日本民俗学の源流として学徒の教養図書になるか、民間伝承を美しい文語調にした文学作品として鑑賞されるか、そのどちらかしかありません。

 そこでこの連載では、『遠野物語』のもうひとつの楽しみ方の提案をします。テーマは「女性」。百年前に描かれた遠野物語のなかから、女性にまつわるエピソードを選び出してご紹介します。河童や座敷童や山人といった怪異譚ではなく、現代の感性にも通じる普遍的なエピソードを、遠野物語の中に再発見していければと思っています。

 私にその資格があるのかと問われると、特に根拠らしいものはありません。柳田國男は、遠野出身の作家志望の青年・佐々木鏡石からこれらの話を聞いたわけですが、それを同じ遠野出身の人間(私)が現代に蘇らせる手伝いをしたらおもしろかろうという、洒落によるものです(ちなみに、遠野には佐々木性の人間がたくさんいますので、名字が同じなのは偶然です)。つまり私は、パブリックドメインになった作品を電子出版で再編集したらおもしろかろうと企んでいる一人の人間に過ぎません。
 しかし、柳田の言葉が私を勇気づけます。

思ふにこの類の書物は少なくとも現代の流行にあらず。いかに印刷が容易なればとて、こんな本を出版し自己の狭隘なる趣味を持ちて他人に強いんとするは、無作法の仕業なりといふ人あらん。されどあへて答ふ。かかる話を聞きかかる処を見て来て後、これを人に語りたがらざる者はたしてありや。

 いかに電子書籍を作るのが容易なればとて、パブリックドメインの作品をコピペして売りつけんとするは、無作法の仕業なりといふ人あらん。されどあへて答ふ。自らが生まれたる土地に言い伝えられしおもしろき物語を知りて、これを人に語りたがらざる者はたしてありや。

   *

 今回お送りするのは、「大海嘯で死んだ妻(九九番)」「邪宗の念仏者(六九番と七一番)」「鎌で切られたる姑(一一番)」の三話です。どうぞ。

大海嘯おほつなみで死んだ妻


 土淵村の助役北川清という人の家は字火石ひいしにあり。代々の山臥やまぶしにて祖父は正福院しょうふくいんといい、学者にて著作多く、村のために尽したる人なり。清の弟に福二という人は海岸の田の浜へ婿に行きたるが、先年の大海嘯おほつなみに遭いて妻と子とを失い、生き残りたる二人の子とともに元の屋敷の地に小屋を掛けて一年ばかりありき。夏の初めの月夜に便所に起き出でしが、遠く離れたるところにありて行く道も浪の打つ渚なり。霧のきたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女は正しく亡くなりしわが妻なり。思わずその跡をつけて、遥々と船越ふなこし村の方へ行く崎の洞あるところまで追い行き、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。男はとみればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りし以前に互いに深く心を通わせたりと聞きし男なり。今はこの人と夫婦になりてありというに、子供は可愛くはないのかといえば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦おうらへ行く道の山陰やまかげめぐり見えずなりたり。追いかけて見たりしがふと死したる者なりしと心づき、夜明けまで道中みちなかに立ちて考え、朝になりて帰りたり。その後久しくわずらいたりといえり。(『遠野物語』九九より)

解説
2011年3月11日。東日本大震災の津波はまだ我々の記憶に新しいですが、1910年に初版が刊行された『遠野物語』に収録された巷説にも、津波の記憶が刻まれています。1896年の三陸大津波で妻と子を失った男が、妻とその元彼がキャッキャウフフとしている幽霊を見かけてしまうという、現代でいうNTR(寝取られ)にも通ずるような、なんともザワザワする話。オシラサマや座敷童のように有名な話ではないけれど、読者に強い印象を残す人気のエピソードです。


邪宗の念仏者


 今の土淵村には大同だいどうという家二軒あり。山口の大同は当主を大洞万之丞おおほらまんのじょうという。この人の養母名はおひで、八十を超えて今も達者なり。佐々木氏の祖母の姉なり。魔法に長じたり。まじないにて蛇を殺し、木に止れる鳥を落しなどするを佐々木君はよく見せてもらいたり。昨年の旧暦正月十五日に、この老女の語りしには、昔あるところに貧しき百姓あり。妻はなくて美しき娘あり。また一匹の馬を養う。娘この馬を愛して夜になれば厩舎うまやに行きてね、ついに馬と夫婦になれり。或る夜父はこの事を知りて、その次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬のおらぬより父に尋ねてこの事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首にすがりて泣きいたりしを、父はこれをにくみて斧をもって後より馬の首を切り落せしに、たちまち娘はその首に乗りたるまま天に昇り去れり。オシラサマというはこの時より成りたる神なり。馬をつり下げたる桑の枝にてその神の像を作る。その像三つありき。もとにて作りしは山口の大同にあり。これを姉神とす。中にて作りしは山崎の在家権十郎ざいけごんじゅうろうという人の家にあり。佐々木氏の伯母が縁づきたる家なるが、今は家絶えて神の行方を知らず。すえにて作りし妹神の像は今附馬牛村つきもうしむらにありといえり。

 この話をしたる老女は熱心なる念仏者なれど、世の常の念仏者とはさまかわり、一種邪宗らしき信仰あり。信者に道を伝うることはあれども、互いに厳重なる秘密を守り、その作法につきては親にも子にもいささかたりとも知らしめず。また寺とも僧とも少しも関係はなくて、在家の者のみの集まりなり。その人の数も多からず。辷石はねいしたにえという婦人などは同じ仲間なり。阿弥陀仏あみだぶつ斎日さいにちには、夜中人の静まるを待ちて会合し、隠れたる室にて祈祷す。魔法まじないをくする故に、郷党に対して一種の権威あり。(『遠野物語』六九と七一より)

解説
『遠野物語』中もっとも有名なエピソードのひとつ「オシラサマ」。あらすじだけは知っているという読者も、この話がとある老女によって語られる箱入り構造であるいうことは、おそらく知らないか、忘れているかしているのではないでしょうか。まじないで蛇を殺し鳥を落とすという邪宗の念仏者。これはきっと、当時としても理解を超えた異端の存在として特筆されたのではないでしょうか。馬といたすという話は、下世話な海外のニュースサイトで現代でもときたま話題になりますが、この老婆の特異さは色あせません。まじか。


鎌で切られし姑


 この女というは母一人子一人の家なりしに、よめしゅうととの仲しくなり、嫁はしばしば親里へ行きて帰り来ざることあり。その日は嫁は家にありて打ち臥しておりしに、昼のころになり突然とせがれのいうには、ガガはとても生かしては置かれぬ、今日はきっと殺すべしとて、大なる草苅鎌くさかりがまを取り出し、ごしごしと磨ぎ始めたり。そのありさまさらに戯言たわむれごととも見えざれば、母はさまざまに事を分けて詫びたれども少しも聴かず。嫁も起き出でて泣きながらいさめたれど、つゆ従う色もなく、やがて母がのがれ出でんとする様子あるを見て、前後の戸口をことごとくとざしたり。便用に行きたしといえば、おのれみずから外より便器を持ち来たりてこれへせよという。夕方にもなりしかば母もついにあきらめて、大なる囲炉裡のかたわらにうずくまりただ泣きていたり。倅はよくよく磨ぎたる大鎌を手にして近より来たり、まず左の肩口を目がけて薙ぐようにすれば、鎌の刃先炉の上の火棚ひだなに引っかかりてよく斬れず。その時に母は深山の奥にて弥之助が聞きつけしようなる叫び声を立てたり。二度目には右の肩より切り下げたるが、これにてもなお死絶えずしてあるところへ、里人ら驚きて馳せつけ倅を取り抑え直に警察官を呼びて渡したり。警官がまだ棒を持ちてある時代のことなり。母親は男が捕えられ引き立てられて行くを見て、滝のように血の流るる中より、おのれは恨も抱かずに死ぬるなれば、孫四郎はゆるしたまわれという。これを聞きて心を動かさぬ者はなかりき。孫四郎は途中にてもその鎌を振り上げて巡査を追い廻しなどせしが、狂人なりとて放免せられて家に帰り、今も生きて里にあり。(『遠野物語』一一より)

解説
作中に出てくる「ガガ」というのは、母を意味する方言です。レディのほうじゃありません。その母を殺すために鎌を研ぎ、もよおした母に便器を差し出し、やがて妻や村人や警官を巻き込んだドタバタ劇になる。ビジュアルが浮かぶようなコントの筋書きそのものです。そして最後は、だらだらと血を流しながら息子を許してくれと懇願する母の美談に流れるかと思いきや、細々とした説明を省いて「家に帰り、今も生きて里にあり」とさっと話を畳みます。つげ義春の代表作「李さん一家」のラストシーン「実はまだ二階にいるのです」に通じるような、唐突な終わり方の切れ味が素晴らしいエピソード。ところで嫁はどんないじめを受けていたんでしょうね? よっぽどだったと思いますよ。


著者プロフィール


柳田國男(1875年〜1962年)。作家。民俗学者。代表作に『遠野物語』『蝸牛考』『海上の道』など。日本民俗学の開拓者として知られる。

編者プロフィール


佐々木大輔。1980年生まれ、岩手県遠野市出身。ウェブプロデューサー。編集者。ブログや電子書籍といったパーソナルパブリッシングの分野で、プラットフォーマーと書き手の両面を追求している。

追記


出しました。

女たちの遠野物語 - 十二話でわかる遠野物語の世界女たちの遠野物語 - 十二話でわかる遠野物語の世界 [Kindle版]
著者:柳田 國男
出版: 焚書刊行会
(2013-03-18)

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