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88冊目 「UNDER GROUND MARKET」 藤井太洋

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届いたその日に、一気読みした。Kindle連載でも読んでいたものの、再度してなおおもしろい。

2018年。N円という仮想通貨が流通する近未来を描いた経済小説。政府未公認の通貨を使った地下経済というと、ダーティな犯罪劇をイメージするが、実際はその逆。形のないお金(N円)だからこそ、信用が第一。登場人物たちがやりとりしているのは、お金ではなく実は「信用」なのである。
主人公たちは、友人やクライアントとの信用をなにより重視し、それゆえクリーンでフェアな振る舞いを徹底する。だから物語も、信用が失われるかもしれない……という危機によって展開していく。

もちろん、現実世界でも信用は第一だが、地下経済という舞台がそれをより純化させた物語世界を生み出した。こんなに気持ちのいい奴らが活躍する経済小説は他に知らない。

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なお、この小説が最初に発表された2013年から先、例のBitcoinの騒動があった。しかし、物語が現実に追いつかれて陳腐化する様子はない。むしろそのはるか先、仮想通貨が普及しつつある社会の人間ドラマを描くこの本の凄みが余計際立ったように思う。おもしろいですよ。

ちなみに、最初に読んだときの感想も書いていたのでリンクする。今回のとはまた違った感想を書いているので、興味のある方はこちらもどうぞ。
http://sasakill.blog.jp/archives/50838305.html



20冊目 『オービタル・クラウド』 藤井太洋

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実際のところ、これを読まずに2014年は終われない。と言ってもいい小説。

サン=テグジュペリが『夜間飛行』や『人間の土地』で地上から見える国境のない世界を提示したように、藤井さんはさらに上空(宇宙空間の入り口の高さ)から新しい世界を見せてくれた。

地表があって、宇宙があるのではない。地表からすでに宇宙につながっている。海があらゆる国に面しているように、いま自分が立っている場所がそのまま宇宙に直結している。それを実感させるのは、いくつかの道具の力を借りた人間の智慧と想像力だ。私はこの本を読み終わって、思わず空を見上げた。文字通り、フィジカルに、本当に。

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藤井さんの小説に共通するのは、高度に発展したサイエンスのダークサイドと戦い勝利する労働者たちの姿だ。オフィスでも電車でも夫婦の寝室でも青白いスクリーンに呪縛されている私たちの心理は自然、主人公たちを応援し、またその活躍に共癒されることになる。
年末年始の休暇に読むものを探している企業戦士たちにおすすめ。



藤井太洋の『UNDERGROUND MARKET ヒステリアン・ケース』に思う2013年の東京

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藤井太洋さんの最新作の舞台は、2018年の東京。
現代のインターネットテクノロジーを基盤にしたリアリティと、ちょっとした空想の飛躍によって、絶妙に“ちょっと先の未来”が描かれているわけですが、読後もっとも興味深かったのは、SF的2018年からの反射によって照らし返された2013年の東京の姿です。

私が思ったのはこんなことでした。


1. 経済格差による階層がまだそれほどには表面化されていない(あるいは、その階層にまだ鈍感である)
2. 自分のなかに人種差別の意識があることに無自覚である(がゆえに、人種差別的言動や行動を抑制するマナーがまだ身についていない)
3. 公共交通機関の高度な発達によって、脳内の地図から地理的な多様性が失われ、遠近感の狂った平板な空間に住んでいる(と思い込んでいる)


つまり『UNDERGROUND MARKET』に登場する人物たちは、これらの状況とは逆、あるいは一歩進んだ状態にあります。

この小説には、「N円」という地下経済の貨幣が登場します。これによって、階層の違いがよりドラスティックに表面化され、それが物語を転がすひとつの力学になっています。
またこの時代の東京には、主にアジアを中心とした地域の移民が数多く流れ込んできていますが、国籍や民族によるありがちが争い(の描写)は避けられています。これは、差別感情がないことを意味しているのではなく、そうした感情を表面化させないマナーが浸透するくらいの多民族社会になって東京である、と読めるのではないかと思います。

もうひとつ特徴的なのは、全財産をカートに入れて引きずって歩かざるを得ない人と、自転車で都内を高速に移動する主人公の描写。インターネットという地味な作品世界に、フィジカルな彩りを添える道具立てとして活躍するのはもちろんですが、2018年の未来に住む下層社会の主人公たちのほうが、東京の地理的多様さを感じ、ときに毒づきながらもそれを楽しんでいるというのがなんとも皮肉でおもしろい。個人的にも、渋谷〜山手通り〜甲州街道〜初台と続く道順やその高低にはなじみにがあるだけにことさらおもしろく感じました。

優れたSF作品がそうであるように、この『UNDERGROUND MARKET ヒステリアン・ケース』には、未来を描くことによって同時代の世界のありさまを読者に考えさせる力があります。IT土方のためのプロレタリア文学。いや、プロレタリアSFとして、独自の作家世界を作りつつあると感じた最新作でした。もっと読みたい。

関連書籍


UNDER GROUND MARKET
Fujii Taiyo
朝日新聞出版
2013-02-01


ヒステリアン・ケースのあとのエピソードです。

批評『Gene Mapper - full build -』

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作家とはなんだろう? そう考える機会がありました。

現時点において、「作家」という言葉がまず第一にイメージさせるのは、「成熟した出版ビジネスを前提にした専業の職業的作家」ではないでしょうか。世に認められてキャリアをスタートさせ、その筆業だけで生活していこうとするスタイル。それはやがて自己模倣の繰り返しと市場への迎合を含んでいくものものでもありますが、尊敬の眼差しでもって見られる人々の憧れの職業のひとつです。

しかし、筆業で飯を食えていることが、作家を名乗ることの条件ではないだろうと、そういう気がしています。

ほとんどの作家は、キャリアのスタート時点において、止むに止まれぬ希求をもって書きはじめているのだと思いますが、本質的には、それこそが作家を作家足らしめているものだと思うようになりました。つまりそれで飯を食えているかどうかは、作家の名乗る本質的な条件ではないということです。

その止むに止まれぬ希求というのを、もうちょっとくどく言うならば、「自分だけが見て来た世界があり、それによって世界観が変わってしまった人が、みんなにその新しい世界を伝えたいと欲望する」ことだと思います。そしてなおかつ、それが簡単には伝わらないというジレンマを持つ人が、作家として何度も何度も形を変え、同じことを書き続けるのだと思います。

たとえば、飛行機のパイロットとして空からの視点を得たサン=テグジュペリは、生涯にわたってその新しい世界観を書き続けました。(他にもっとよい例があると思いますが)開高健は、ベトナム戦争の従軍記者としての経験によってその世界観を強固にしました。あるいは将来、脳死や脳の部分的な機能障害から復帰した人が、人類が未知の世界を表現するために筆をとって大作家になることがあるかもしれません。


私が、『Gene Mapper』(ここでは、最初のバージョン『core build』を指します)をはじめとするセルフパブリッシングの小説に魅力を感じるのは、インターネット(もっと狭義に言えばソーシャルネットワーク。以後、単に「ネット」と言います)登場以降のコミュニケーションや価値観の変化に対するアンサーが、ビビッドに反映されている作品が多いからです。そのアンサーのなかには、賞賛もあれば違和感の表明もあるわけですが、ネットによって自分だけが見て来た世界があり、それによって世界観が変わってしまった人が、みんなにその新しい世界を伝えたいと欲望しているという点では同じです。

パソコン通信やインターネットを、道具のひとつとして登場させた作品は数多くあります。いとうせいこうさんの『ノーライフキング』、森博嗣さんの『すべてがFになる』はいずれも象徴的であり名作です。けれど、ネットが本格的に普及し、社会にどのような影響を与え、それを受けて僕らがどう生きていくのか、という点までは描けていません。

その点に物足りなさを感じている人は、主にKindleなどでセルフパブリッシングで上梓される最新の小説に、面白みを感じるかもしれません。私はそうでした。これだけネットが普及したとはいえ、そのインパクトを十分に理解した作品が出てくるには、現役の(プロ)作家たちは現場からちょっと遠い場所にいすぎているのではないかと、そんな想像もしたくなります。しかしそうとだけ言うと語弊があるので、いとうせいこうさんの『想像ラジオ』や朝井リョウさんの『何者』といった例外の名前はあげなければいけないですね。


というわけで藤井太洋さんの話。氏は、まぎれもない作家です。

デビュー作の『Gene Mapper -core build』、続く『UNDER GROUND MARKER』『コラボレーション』そして最新作『Gene Mapper -full build-』を読んで、そう思いました。セルフパブリッシングからスタートして早川書房で商業出版デビューしたから、という意味ではなく、「自分だけが見て来た世界があり、それによって世界観が変わってしまった人が、みんなにその新しい世界を伝えたいと欲望する」という意味で、まぎれもない現代の注目作家のひとりです。

この作品の最後に、主人公の林田が、未対の二つの顔からひとつを選び取る、という場面があります。そこで選んだ結末は、ややもするとテクノロジーが全てを解決するという古くさい進歩主義的な話に読めてしまいますが、そうではありません。テクノロジーによる楽観的な解決を提示しているのではなく、オープンネスによって発揮される人間の力を信じる、という話なのです

主人公の林田の職業はタイトルが示す通り「ジーンマッパー」、つまり現代でいえば「マークアップエンジニア」に相当するものです。彼が扱うのは、HTMLやCSSではなく、遺伝子を扱うgXML(というのは作品内の用語です)やそれを飾るスタイルシート。そしてこれらを支えるのは、オープンな仕様のテクノロジーであり、それが彼の思想を決定している、と読むことが可能です。

2030年代を舞台にしたこの作品世界には、2014年に人類がインターネットから追放(ロックアウト)され、国家が厳格に管理したトゥルーネットに取って代わられるというユニークが設定があります。そして林田は、年齢的にそのトゥルーネット世代なのですが、彼のジーンマッパーという職業を支える思想は、実はインターネット時代(つまり現代)のものであり、そのギャップが、この物語が転がっていく原動力になっています。

なにか特定の技術を、巨大な利権が独占してしまったり、あるいは、十分な情報共有がないまま誰もが自由勝手に使える状態になって仕様が乱立してしまうことを、主人公の林田は嫌います。そしてそれらに対抗するのは、徹底したオープンネスである、という結論に至るわけですが、そのカタルシスはぜひ実際の小説でお確かめください。


これは、ネットの世界を職業の場として、そこで呼吸してきた人にしか書けないお話であり、著者の藤井さんが書かずにはおれなかった希求が結晶した内容です。この小説が、ネットのヘビーユーザーを中心に支持されるのは、なにも道具立てとしてネットの用語が頻出するからではありません。ネットから生まれた思想が導く物語の行き先に、共感するからなのです

そしてそれは、『UNDER GROUND MARKER』『コラボレーション』といった短編作品にも共通するものであり、何度も何度も形を変えて同じことを書き続ける執念が、藤井さんを作家足らしめています。
しかし、ファンとしてやはり長編が気になるもの。次回作(になるであろう)『Orbital Cloud』の発表で、その真価がさらに発揮されることを、楽しみに待ちたいと思います。

Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫 JA フ 4-1)Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫 JA フ 4-1) [新書]
著者:藤井 太洋
出版:早川書房
(2013-04-30)

Gene Mapper -full build-Gene Mapper -full build- [Kindle版]
著者:藤井 太洋
出版:早川書房
(2013-04-24)

ダイレクト文藝マガジン 002号「藤井太洋インタビュー / KDPノウハウ本メッタ斬り!」ダイレクト文藝マガジン 002号「藤井太洋インタビュー / KDPノウハウ本メッタ斬り!」 [Kindle版]
著者:佐々木 大輔
出版:焚書刊行会
(2013-01-24)



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この記事のアップデート版を含む全文は、以下の本に収録されています。

セルフパブリッシング狂実録 - 誰でも作家時代の作家論セルフパブリッシング狂実録 - 誰でも作家時代の作家論 [Kindle版]
著者:佐々木 大輔
出版:焚書刊行会
(2013-05-09)

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