私小説という鉱脈(蒲団、道草、団鬼六、佐伯一麦、車谷長吉、西村賢太、あとノルウェイの森)
2012年の正月に立てた「ビジネス書を読まない」という抱負を守って、今年は文学や批評ばかりを読み継いでます。そうするうちに、何かのついでに買ったものの推薦の理由も忘れて読まずに置いていた夏目漱石の最晩年の作品『道草』の背表紙と目が合って、ぱらぱらめくり出してすぐ驚いた。「お、これって私小説じゃないの」と。
道草 (岩波文庫)
著者:夏目 漱石
販売元:岩波書店
(1990-04-16)
販売元:Amazon.co.jp
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漱石の作品で既読なのは『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『草枕』『こころ』『夢十夜』で、そこからはこの私小説的作風を想像できなかったというのが驚きの理由のひとつだけど、もっといえば、かの有名な大作家が私小説を書いてたの? ということ自体が意外だった。
それによって、私小説を一段低いものに見ている自分に気づいたし、そのことにさしたる根拠がないことにも思い当たった。
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現在、私小説といえば西村賢太です。小説家ではなく、“私小説家”を名乗るその作風は、ピカレスクとギャグのバランスが絶妙で最高におもしろい(そういえば今日はちょうど芥川賞を獲った『苦役列車』の映画の封切りですね)。
苦役列車 (新潮文庫)
著者:西村 賢太
販売元:新潮社
(2012-04-19)
販売元:Amazon.co.jp
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その西村が、作中で何度も口にするのが、かつて文学の主流であった私小説の復権について。たしかに現在、私小説なんて誰も読まないですよね。
かくいう自分も、西村賢太より前に読んだことがある私小説といえば、私小説の元祖である『蒲団』と団鬼六の私小説シリーズ(新潮社より出版されたものがそれです)ぐらい。
蒲団・重右衛門の最後 (新潮文庫)
著者:田山 花袋
販売元:新潮社
(1952-03)
販売元:Amazon.co.jp
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美少年 (新潮文庫)
著者:団 鬼六
販売元:新潮社
(1999-10)
販売元:Amazon.co.jp
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じぶん私小説について全然知らなすぎましたわー、ってことでちょっと掘り下げてみることにしました。
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最初に手に取ったのが、評論家として信頼している小谷野敦の『私小説のすすめ』。
私小説のすすめ (平凡社新書)
著者:小谷野 敦
販売元:平凡社
(2009-07)
販売元:Amazon.co.jp
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これがとにかくおもしろかった。
無意識のうちに無視していた私小説という鉱脈を発見して、読むべき本や読みたい本が一気に増えた感じです。
本書のなかで、現代の私小説作家として特に名前が挙がっているのが、前述の西村賢太と佐伯一麦と車谷長吉の3人。あとのふたりは未読だったので、特に推薦されている一冊を取り寄せて早速読んでみました。
木の一族 (新潮文庫)
著者:佐伯 一麦
販売元:新潮社
(1997-03)
販売元:Amazon.co.jp
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90年代の埼玉を舞台にしたつげ義春、といった読後感。
おもしろい!
漂流物 (新潮文庫)
著者:車谷 長吉
販売元:新潮社
(1999-10)
販売元:Amazon.co.jp
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私小説の枠組みをひとつ超えた実験性も感じさせる内容で、狐につままれたような、突き放されたような読後感はレイモンド・カーヴァー的。私小説にはこんなこともできるのか!
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小谷野氏の主張でなるほどと思ったのは、私小説ではないと思われていない小説も、実は私小説であることが多い、という点。日本人作家の作品は、早々に私小説だと判明するケースが多いが、海外作家の作品は、日本人にとって研究が遅れていることから私小説だと判明するケースが少ない(あるいは遅い)だけだと。そのことで、私小説というのがいかにも日本的な特殊な文学だとして低く見るのは誤りであると、そういう主張です。
たしかに、村上春樹の『ノルウェイの森』なんて、最高に私小説ですよね。作者自らが謳った「リアリズム小説」というのは、つまり私小説だと思ってよさそうだし、現にそうだというのは定評になっています(ちなみに、作中の緑というのは、村上春樹の奥さんがモデルだそうです。素敵な女性ですよね)。
ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)
著者:村上 春樹
販売元:講談社
(2012-03-13)
販売元:Amazon.co.jp
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そう考えてみると、なんで今まで私小説を避けてきたのか本当にわからなくなってくる。今では、もったいないことをしたなと非常に後悔しています。
というわけで、おもしろい私小説があったら教えてください。
自分もいろいろ読んで、いいのがあったらまた感想書きます。
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